水路隧道



 


京都府
JR東海道本線
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間

高さ
(実測)
特記
滋賀県境~山科駅間
※未発見
山科駅~京都駅間
1 安祥寺川橋梁 半円 4 車道 煉瓦 煉瓦 片出  1連 
2 妙応寺橋梁 半円 4 人道 煉瓦 煉瓦 片出 1連
3 久保橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連
4 御陵道橋梁 半円 4 車道 煉瓦 煉瓦 片出 1連
5 (仮)御陵岡橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連
6 岡の西橋梁 半円 4 人道 煉瓦 煉瓦 片出 1連
京都駅~西大路駅間
※未発見
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間

高さ
(実測)
特記
西大路駅~桂川駅間
7 西股川橋梁 半円 3か4 水路 整石 挟まれ 1連 1.82m
(6尺)
1.90m 1875年(明治8年)10月竣工
アーチ内部に切石が突き出している
8 彦助川橋梁 半円 4? 水路 乱石 挟まれ 1連 2.42m
(8尺)
1875年(明治8年)11月竣工
床面にフラットな煉瓦敷きがある
9 馬場丁川橋梁 半円 3? 水路 乱石 挟まれ 1連 1.61m
(5尺3寸)
1875年(明治8年)10月竣工
ねじりまんぽ 直角径間長5尺
アーチ内部に切石が突き出している
鉄道庁の資料によると「ババマチ」と読む
no photo 牛ヶ瀬橋梁 9連 4.55m
(15尺)
1876年(明治9年)1月竣工
2000年の台帳(小野田氏資料より)によると残存しない
国道171号線アンダーパス東寄りの橋梁付近と思われる
no photo 下津林橋梁 25連 4.55m
(15尺)
1876年(明治9年)1月竣工
2000年の台帳(小野田氏資料より)によると残存しない
現在の新川付近と思われる。
国内最大級の25連アーチ橋であったらしく、こちらのサイト
様に貴重な写真が掲載されている
10 第二五反田川橋梁 半円 2? 水路 乱石 挟まれ 1連 0.91m
(3尺)
1875年(明治8年)10月竣工
床面にフラットな煉瓦敷きがある
no photo 三重川橋梁 1連 1.30m
(4尺3寸)
1875年(明治8年)9月竣工
2000年の台帳(小野田氏資料より)によると残存しない
斜めアーチ(ねじりかは不明) 直角径間長4尺
水路自体は机上確認
no photo 八反田川橋梁 1連 1.82m
(6尺)
1875年(明治8年)9月竣工
2000年の台帳(小野田氏資料より)によると残存しない
水路自体は机上確認
no photo 橋本川橋梁 1連 1.82m
(6尺)
1875年(明治8年)9月竣工
2000年の台帳(小野田氏資料より)によると残存しない
水路自体は机上確認
桂川駅~向日町駅間
11 鷹の手橋梁 半円 3? 水路 乱石 挟まれ 1連 1.52m
(5尺)
1875年(明治8年)10月竣工
鉄道庁の資料では「鷹ノ手川」
煉瓦アーチ環小口面に刻印あり
12 三の坪橋梁 半円 3? 水路 挟まれ 1連 1.52m
(5尺)
1875年(明治8年)10月竣工
コンクリート及びセントルの補強あり
向日町駅~長岡京駅間
no photo 六反田橋梁 1連 1.21m
(4尺)
1876年(明治9年)4月竣工
2000年の台帳(小野田氏資料より)によると残存しない
no photo 南丁藪橋梁 1連 1.21m
(4尺)
1876年(明治9年)5月竣工
2000年の台帳(小野田氏資料より)によると残存しない
四ノ坪橋梁 水路 1連 0.61m
(2尺)
残存可能性:改修判定
1876年(明治9年)4月竣工
吹田総合車両所京都支所の下を潜る水路を想定地
にて確認。しかしそこはチューブ状の暗渠であった
佃橋梁 水路 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:改修判定
1876年(明治9年)5月竣工
吹田総合車両所京都支所の下を潜る水路を想定地
にて確認。しかしそこはBOXであった
no photo 後藤橋梁 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:判定不能
1876年(明治9年)4月竣工
吹田総合車両所京都支所の下を潜る中筋通のアンダー
パス付近が想定地。水路の出入口を見つけられない
13 大の里川橋梁 半円 3 水路 煉瓦 整石 挟まれ 1連 1.82m
(6尺)
1.50m 1876年(明治9年)4月竣工
鉄道庁の資料では「大里川」
煉瓦アーチ環にポリクロミーの装飾あり
14 堀ノ内橋梁 半円 3 水路 煉瓦 整石 挟まれ 1連 1.21m
(4尺)
1.24m 1876年(明治9年)4月竣工
錆びた銘板付き
15 七反田橋梁 欠円 4 ※1 煉瓦 整石 方出 6連 4.55m
(15尺)
1876年(明治9年)5月竣工
※1 人道(兼水路)1、車道2、私用2、水路1
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間
高さ
(実測)
特記
長岡京駅~大阪府境(山崎駅)
16 野神橋梁 半円 2? 水路 不明 整石 挟まれ 1連 0.91m
(3尺)
0.81m 1876年(明治9年)2月竣工
17 老ヶ辻橋梁 欠円 4 水路 煉瓦 整石 片出 3連 4.55m
(15尺)
1876年(明治9年)5月竣工
メインは河川だが歩くスペースもある
no photo 芝添橋梁 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:消滅判定
1875年(明治8年)12月竣工
古地図と見比べると府道204号線のアンダーパス付近
が想定地。その北側にBOXの水路が潜っており、
府道アンダーパス新設時に取り壊され、水路自体は
移設されたものと推察する
18 角田橋梁 半円 2 水路 煉瓦 乱石 方出 1連 0.91m
(3尺)
1.18m 1875年(明治8年)11月竣工
19 太田橋梁 半円 3 人道 煉瓦 煉瓦 片出 1連 1.82m
(6尺)
1876年(明治9年)3月竣工
20 安焼橋梁 半円 3 水路 乱石 乱石 片出 1連 1.21m
(4尺)
0.95m 1875年(明治8年)8月竣工
21 円妙寺橋梁 半円 2 人道 乱石 乱石 片出 1連 1.33m
(4尺4寸)
1875年(明治8年)10月竣工
ねじりまんぽ 直角径間長4尺
インバートの煉瓦もねじりを入れている
22 佃橋梁 半円 2 水路 乱石 乱石 方出 1連 0.91m
(3尺)
1.17m 1875年(明治8年)8月竣工
御所ノ前下水橋梁  石桁 水路 乱石 方出 1連 0.61m
(2尺)
 
1875年(明治8年)9月竣工
東側の片出だが、鉄蓋を開けないと視認できない
桁の切石の上に笠石が乗っている
側壁は乱石だが、隅石に整石を使用
23 御所ノ前橋梁 半円 2? 水路 乱石 挟まれ 1連 0.91m
(3尺)
1875年(明治8年)10月竣工
上流BK改修の坑門にも切石による笠石有
no photo 上味才橋梁 1連 1.82m
(6尺)
1875年(明治8年)10月竣工
2000年の台帳(小野田氏資料より)によると残存しない
24 上ノ田橋梁 半円 2 水路 乱石 乱石 挟まれ 1連 0.91m
(3尺)
1.12m 1875年(明治8年)6月竣工
整石による隅石が2段あり
25 舟橋川橋梁 欠円 4 水路 乱石 整石 挟まれ 1連 1.82m
(6尺)
1875年(明治8年)9月竣工
完全暗渠化だが下流は坑門の視認可能
JR東海道本線(旧線)
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間
高さ
(実測)
特記
滋賀県境~旧大谷駅間
※未発見
旧大谷駅~旧山科駅間
no photo 一里町橋梁 1連 3.33m
(11尺)
残存可能性:消滅判定
1878年(明治12年)7月竣工
直角径間長9尺 斜めアーチであった模様
名神高速道路の下であり消滅と判断した
no photo 北林橋梁 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:
1878年(明治11年)11月竣工
名神高速道路下の「京都東2」BOXか西隣の市道が
該当しそう。市道にずれているなら一縷の可能性も…
no photo 南溝橋梁 1連 2.42m
(8尺)
残存可能性:消滅判定
1879年(明治12年)1月竣工
名神高速道路下の「京都東1」BOXが該当しそう
人道兼用という注釈入り(鉄道庁資料)
消滅は確実と判断する
no photo 西ノ御所橋梁 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:消滅判定
1878年(明治11年)11月竣工
名神高速道路の下であり消滅と判断した
26 御所田川橋梁 半円 2 水路 乱石 整石 片出 1連 0.91m
(3尺)
1879年(明治12年)2月竣工
現在は市道の下にある
よくぞ残存したものである
no photo 平田川橋梁 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:消滅判定
1879年(明治12年)3月竣工
名神高速道路の下であり消滅と判断した
旧山科駅~JR奈良線合流間
no photo 東北出橋梁 1連 1.82m
(6尺)
残存可能性:消滅判定
1878年(明治11年)12月竣工
名神高速道路の下であり消滅と判断した
no photo 京街道架道橋 1連 3.64m
(12尺)
残存可能性:消滅判定
1878年(明治11年)5月竣工
名神高速道路を潜る府道118号線のアンダーパスが想定
地。消滅は確実と判断する
no photo 南谷橋梁 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:
1878年(明治11年)11月竣工
名神高速道路と並行する府道35号(大津淀線)の下
を想定地とするが、状況的に期待は薄い
no photo 南谷橋梁 2連 0.91m
(3尺)
残存可能性:
1878年(明治11年)11月竣工
名神高速道路と並行する府道35号(大津淀線)の下
を想定地とするが、状況的に期待は薄い
27 谷口村橋梁 半円 4 水路 乱石 整石 片出 1連 1.82m
(6尺)
現在は府道35号(大津淀線)の下にある
煉瓦積みのインバートがあり、真円に見える
JR関西本線
三重県境~月ヶ瀬口駅間
28 柳生街道橋梁 半円 切石 人道 煉瓦 整石 片出 1連 隣の新今山隧道が出来る前まではこちらが車道
だったと思われる
29 殿田川橋梁 半円 4 水路 煉瓦 整石 片出 1連
月ヶ瀬口駅~大河原駅間
30 第248号橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 ねじりまんぽ
煉瓦アーチ環が迫出す
(仮)渋久川橋梁 人道 煉瓦 両出 1連 コンクリートアーチに改修されている
上部の煉瓦坑門、及び笠石がかつて煉瓦アーチ
であったことを窺わせる
ノミネート対象外
大河原駅~笠置駅間
※未発見
笠置駅~加茂駅間
31 丑谷川橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連 洞内が「く」の字に折れている
東側の側壁下部に煉瓦の突起が等間隔で付いて
いる。管理用歩道を付けていたか
北側坑口アーチ部を中心にコンクリ補修をしてい
32 (仮)下大田橋梁 欠円 3 水路 煉瓦 整石 両出 1連 側壁切石と同等の迫受石がある
加茂駅~木津駅間
33 第272号橋梁 半円 水路 煉瓦 挟まれ 1連 ねじりまんぽ
鉄道暗渠史上最大の謎物件(当HP比)
ねじりと通常巻きが入り乱れる
34
35
(仮)木津橋梁 欠円 4 人道 煉瓦 煉瓦 挟まれ 1連 木津駅下の東西連絡通路に保存。
平行に2連あり
木津駅~奈良県境間
※未発見
JR山陰本線
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間
高さ
(実測)
特記
京都駅~~~保津峡駅間
※未探索
保津峡駅~馬堀駅間
36 第一山本橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 片出 2連 元水路。現在はコンクリブロックで片側封鎖
37 (仮)篠町山本橋梁 半円 4 人道 煉瓦 煉瓦 片出 1連
38 (仮)馬堀東橋梁 半円 4 車道 煉瓦 煉瓦 片出 1連
馬堀駅~亀岡駅~並河駅間
※未発見
並河駅~千代川駅間
39 (仮)並河橋梁 半円 3 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連
千代川駅~八木駅間
40 第91号橋梁 半円 水路 煉瓦 挟まれ 1連 ねじりまんぽ
八木駅~~~船岡駅間
※未発見
船岡駅~日吉駅間
41 柳ヶ瀬橋梁 半円 4 人道 整石 整石 片出 1連
42 (仮)日吉殿田北谷口橋梁 欠円 3 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連 1.21m
(4尺)
1.90m 坑門上部がやや傾斜している
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間
高さ
(実測)
特記
日吉駅~鍼灸大学前駅~胡麻駅間
※未発見
胡麻駅~下山駅間
43 (仮)下山新田南橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 3.03m
(10尺)
3.00m 両坑口とも謎のすだれがかかっている
床面が石畳
坑門上部がやや傾斜している
44 (仮)下山新田北橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 2.42m
(8尺)
2.92m 内部で屈曲
床面が石畳
坑門上部がやや傾斜している
下山駅~和知駅間
(仮)下山野田橋梁 石桁 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連 この地域特有の煉瓦坑門石桁暗渠
内部側壁煉瓦を4段ずつ上部に向けて迫り出させ
ている
東側が表に出ているはずだが確認できず
45 (仮)下山野田知野辺橋梁 半円 3 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 1.82m
(6尺)
2.50m 床面が石畳
46 (仮)中山橋梁 半円 5 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 3.03m
(10尺)
2.42m 床面が石畳
坑門上部がやや傾斜している
東側内部側壁がコンクリ補修されている
和知駅~安栖里駅間
47 (仮)安栖里久世橋梁 半円 3 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連 1.21m
(4尺)
1.53m 北側はコンクリアーチにて拡幅されている
安栖里駅~立木駅間
48 (仮)出野橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 1.82m
(6尺)
2.60m 北側坑門の亀裂が目立つ
床面は石畳だが、瓦礫が多い
(仮)広野橋梁 石桁 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 この地域特有の煉瓦坑門石桁暗渠
内部側壁煉瓦を5段ずつ上部に向けて迫り出させ
ている

床面が石畳。視認しやすい物件
(仮)広野ノズエ橋梁 石桁 水路 煉瓦 煉瓦 挟まれ 1連 この地域特有の煉瓦坑門石桁暗渠
内部側壁煉瓦を5段ずつ上部に向けて迫り出させ
ている
BKと土管に挟まれ、諸条件で接近困難
49 (仮)広野立木橋梁 煉瓦 6 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連 4.55m
(15尺)
3.20m 暗渠では希少な6層巻き
南側はコンクリアーチにて拡幅されている
立木駅~山家駅間
50 (仮)上原橋梁 煉瓦 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 1.82m
(6尺)
2.50m 床面が石畳
東側坑口からすぐ石畳ウォータースライダー
(仮)上原戸尻山家橋梁 石桁 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 この地域特有の煉瓦坑門石桁暗渠
内部側壁煉瓦を5段ずつ上部に向けて迫り出させ
ている
上段の煉瓦は15段ほどあり、その分背が高い
山家駅~綾部駅間
51 (仮)下原布毛東橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 方出 1連 2.42m
(8尺)
3.10m 坑門上部がやや傾斜している
方出だが北側の坑門も視認可能
52 (仮)下原布毛西橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 坑門上部が大きく傾斜している
(仮)下原五反田橋梁 石桁 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 この地域特有の煉瓦坑門石桁暗渠
内部側壁煉瓦を4段ずつ上部に向けて迫り出させ
ている
53 (仮)下原野毛橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 坑門上部が大きく傾斜している
(仮)和木柱堂橋梁 石桁 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 この地域特有の煉瓦坑門石桁暗渠
内部側壁煉瓦を4段ずつ上部に向けて迫り出させ
ている
(仮)和木和戸成橋梁 石桁 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 この地域特有の煉瓦坑門石桁暗渠
内部側壁煉瓦を4段ずつ上部に向けて迫り出させ
ている
(仮)野田仲後橋梁 石桁 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 この地域特有の煉瓦坑門石桁暗渠
内部側壁煉瓦を4段ずつ上部に向けて迫り出させ
ている
綾部駅~高津駅~石原駅間
※未発見
石原駅~福知山駅間
54 (仮)土師宮町橋梁 半円 4? 車道 不明 煉瓦 挟まれ 1連 軽車両のみ
南側の坑門は線路敷き斜面に合わせるように
削られ、コンクリ補修されている
2015年11月訪問
福知山駅~上川口駅~下夜久野駅間
※未発見
下夜久野駅~上夜久野駅間
55 (仮)高内東橋梁 半円 5 人道
水路
整石 整石 両出 1連 水路が半分を占める
- (仮)高内橋梁 水路 なし 煉瓦 両出 2連 石桁暗渠
56 (仮)高内西橋梁 欠円 8 水路 整石 整石 両出 1連 当HP史上最大巻厚を誇る物件
57 (仮)大油子橋梁 欠円 4 水路 整石 整石 両出 1連 元々は人道も兼ねていた様子で、半分歩道が
ある
内部アーチにコンクリ巻の補強がある
2016年6月訪問
上夜久野駅~兵庫県境間
※未発見
JR舞鶴線
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間
高さ
(実測)
特記
東舞鶴駅~西舞鶴駅間
58 (仮)円満寺橋梁 半円 5 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連
(仮)南田辺橋梁 石桁 水路 不明 煉瓦 挟まれ 2連 西舞鶴駅の直下に眠る2連石桁暗渠
東側坑口は2連コンクリアーチになっている
西舞鶴駅~真倉駅間
※未発見
真倉駅~梅迫駅間
59 (仮)真倉南橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連
60 (仮)黒谷橋梁 欠円 ※1 水路 煉瓦 煉瓦 両出 2連 実際は石桁暗渠。下流部に欠円アーチの装飾あり
煉瓦アーチ環は縦積みで、鉄道暗渠では極めて異例
61 (仮)上杉北橋梁 半円 4 車道 煉瓦 煉瓦 両出 1連
62 (仮)上杉南橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連
梅迫駅~淵垣駅間
63 (仮)梅迫橋梁 半円 3 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連
64 (仮)新町橋梁 半円 3 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連 煉瓦アーチ、木橋、遮断機なし踏切の3点セットが同時
に拝めるスポット
淵垣駅~綾部駅間
※未発見
JR片町線(学研都市線)
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間
高さ
(実測)
特記
大阪府境~松井山手駅間
※未発見
松井山手駅~大住駅間
65 (仮)大住上西野橋梁 半円 4 人道 煉瓦 煉瓦 片出 1連 1.82m
(6尺)
2.80m
大住駅~京田辺駅間
66 小山川架道橋 半円 4 車道 煉瓦 煉瓦 両出 1連
京田辺駅~同志社前駅~JR三山木駅~下狛駅間
※未探索未発見
下狛駅~祝園駅間
67 (仮)下狛前川北橋梁 半円 3 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連
68 (仮)下狛前川南橋梁 半円 3 水路 煉瓦 煉瓦 両出 1連
祝園駅~西木津駅~木津駅間
※未発見
JR奈良線
京都駅~東福寺駅間(旧東海道本線)
no photo 八條上東橋梁 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:極低
1878年(明治11年)11月竣工
須原通のアンダーパス付近が想定地。ここから旧京都駅
までの路線は消滅している
東福寺駅~稲荷駅間(旧東海道本線)
no photo 二ノ橋橋梁 1連 1.82m
(6尺)
残存可能性:消滅判定
1878年(明治11年)12月竣工
府道143号九条通りの九条跨線橋建造時に河川が
埋められ、消滅したものと推察する
69 三ノ橋橋梁 半円 4 水路 整石 整石 両出 1連 2.42m
(8尺)
1878年(明治11年)12月竣工
70 new
下高松橋梁
半円 2 水路 整石 整石 片出 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:低→確定
1878年(明治11年)11月竣工
京阪鳥羽街道駅沿いが想定地。位置的に探索は非
常に厳しい
↓2024年4月訪問
難航しそうだったが、意外と容易に接近できた
アーチ環がモルタル補修を受けているが、一部剥げており
巻厚が視認できる
71 new
下横縄橋梁
半円 水路 挟まれ 1連 0.91m
(3尺)
残存可能性:中→確定
1878年(明治11年)11月竣工
ストビューにて穴を確認。数年前の探索でこの辺りも調
べたのだが、ここを確認したか覚えていない。要再訪
↓2024年4月訪問
琵琶湖疎水側からのアプローチ
塩ビパイプの先にうっすらと煉瓦アーチが見える。パイプが
狭く、泥濘が蓄積しているため、潜入は断念
反対側も潜入不能
72 祓川橋梁 半円 2 水路 ※1 整石 片出 1連 0.91m
(3尺)
1878年(明治11年)11月竣工
※1 府道119号(稲荷停車場線)の橋台と一体化
している
73 鳥居前橋梁 半円 2 水路 整石 整石 片出 1連 0.91m
(3尺)
1878年(明治11年)12月竣工
稲荷駅の真下に存在する
稲荷駅~JR藤森駅間(北側およそ半分旧東海道本線)

野手橋梁 水路 整石 片出 1連 0.91m
(3尺)
坑門、アーチ環は撤去されコンクリ化している
煉瓦積みのインバートが残されている
過去台帳では2連になっていたが、ここは1連
↓2022年7月追記
再度机上調査を行った所、ここは2連アーチの西手橋梁
ではなく、木桁3尺の野手橋梁の位置にあたる
1879年(明治12年)2月竣工
インバートが煉瓦で石桁の実例を見たことがないが、果
たして…今では確認のしようがない
74 new
西手橋梁
半円 2 水路 整石 整石 片出 2連 0.91m
(3尺)
残存可能性:中→確定
1878年(明治11年)12月竣工
上記の追調査で位置を特定。残存の可能性がある
人道地下道のすぐ南脇か
↓2024年4月訪問
想定通り、地下道の南脇にあっさり確認
向かって左側のアーチ環の左半分は補修で煉瓦が積み
直されている。が、煉瓦積みに関して素人らしく、すさ
まじくイビツに仕上がっている。坑門もコンクリ補修、内部
も雑な補修を受けている。地下道建造時に損傷したの
であろうか
JR藤森駅~~~棚倉駅間
※未探索
棚倉駅~上狛駅間
75 new
(仮)鳴子川南橋梁
半円 4 車道 煉瓦 煉瓦 片出 1連 2.12m
(7尺)
  西側はBKにて拡幅されている
坑門の小口とアーチ環は焼過煉瓦を使用している
2023年3月訪問。2024年4月再訪
(仮)野田尾橋梁 石桁 水路 整石 整石 両出 1連
76 三階橋梁 半円 4 車道 煉瓦 煉瓦 両出 1連 坑門煉瓦小口面に焼過煉瓦を使用している
上狛駅~木津駅間
77 宮の浦橋梁 半円 4 水路 煉瓦 煉瓦 片出 1連 坑門小口面とアーチ環などに焼過煉瓦を使用
京阪本線
名称 アーチ
形状
巻厚 利用
形態
坑門 側壁 状態 径間
径間
高さ
(実測)
特記
天満橋駅 - 五条駅(現在の清水五条駅)間:1910年(明治43年開業)
路線地上部~東福寺駅間(七条駅手前より以北は地下路線)
※未発見
東福寺駅~鳥羽街道駅間
78 (仮)三ノ橋川西橋梁 半円 水路 煉瓦 挟まれ 1連
鳥羽街道駅~~~八幡市駅
※未探索
八幡市駅~橋本駅
(仮)橋本橋梁 水路 両出 2連 桁のみ切石で、他はコンクリート製
橋本駅~~~天満橋駅手前路線地上部
※未探索
関西鉄道大仏線
奈良県境~加茂駅間
79 松谷橋梁 半円 切石 ※1 煉瓦 煉瓦 ※2 1連 迫石、要石、隅石あり
※1:水路の上に人道或いは車道があった?
※2:片側はコンクリ封鎖されており不明
80 梶ヶ谷橋梁 半円 4 車道 煉瓦 整石 両出 1連 現在は市道下梅谷観音寺線の暗渠